バミューダトライアングルの謎6選

フロリダ半島の先端と、プエルトリコ、バミューダ諸島を結んだ三角形の海域は、昔から船や飛行機が跡形もなく消えてしまう「魔の海域」と呼ばれていました。

未だにこの海域で起こった事故については、詳しいことがわかっておらず、多くの仮説が唱えられています。

今回は、そんなバミューダトライアングルで起こった謎の事故を6つご紹介します。



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6.エレン・オースティン

(image..bossroyal.com)

ニューヨークとロンドン間を数多くの船が行き来する中、1881年に、エレン・オースティン号が姿を消しました。

その後、バミューダトライアングルを航行していた別の船が、エレン・オースティン号を発見しましたが、船内には乗組員が誰もいなかったのです。

船をロンドンに戻すために仕方なく、乗組員の半分をエレン・オースティン号に乗せたのですが、トライアングル海域で2隻の船は引き離され、その後エレン・オースティン号は2度と戻ることはありませんでした。

5.サイクロプス号

(image..blogspot.jp)

サイクロプス号は、第一次世界大戦で活躍していたアメリカ海軍の輸送船です。

1918年3月、約202人の船員と重い貨物を乗せ、サイクロプス号は、西インド諸島のジョージ・タウンから出航しました。

しかし、この船は、ボルチモアに到着することもなく、バミューダ海域で消息を絶ち、一人の生存者も漂流物も発見されませんでした。

4.フライト441便(ヨンヒャクヨンジュウイチビン)

(image..interestingengineering.com)

1954年10月30日、フライト441便が、42人の乗客とともにアゾレス諸島のラジェスに向かって離陸しました。

最後に通信が取れた時441便は、ちょうどバミューダトライアングルの海岸から約400マイルの地点を飛行中で、SOSコールは、ありませんでした。

しかしフライト441便はその後、目的地に到着することはなく、跡形もなく姿を消したのです。



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3.ウィッチクラフト

(image..derecktor.com)

ウィッチクラフトは、ホテル王、ダン・バラクが所有する豪華なボートです。

1967年12月22日、ダンとファーザー・ホーガンという男がマイアミの海岸線に沿ってクリスマスイルミネーションを見るために約1マイル沖合に出ました。

その後、ダンは、海岸警備隊に連絡を入れ、何かにぶつかったこと、そしてすぐに来てほしいことを伝えました。

しかし、海岸警備隊が到着したときには、ボートはどこにもなく、周囲約2000kmが捜索されましたが、結局発見されることはありませんでした。

2.フライト19

(image…pinterest.com)

1945年12月5日、5機の飛行機がバミューダトライアングルの上空で訓練飛行中、14名の乗員と共に姿を消しました。

当時、天気は快晴だったのですが、パイロットのテイラー中尉は、「ここがどこなのかわからない、海の様子も変だ」と無線で連絡をしてきており、そのままなんの痕跡もなく消えてしまったのです。

この事件は「フライト19消失事件」と呼ばれています。



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1.フライトDC-3

(image..wikiwand.com)

1948年12月29日、乗客27人を乗せたダグラスDC-3がプエルトリコのサンファンからフロリダ州マイアミへ向かう途中で姿を消しました。

この航空機はバッテリーがもともと少なくなっていたことや、操縦士が、20時間にも及ぶ激務うを続けていたことなどが、事件の原因だと考えられています。

しかし、航空機はもちろんのこと、残骸すら発見されておらず、謎の多い失踪となっています

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