ゾッとするチェルノブイリ原発事故現場写真10選

チェルノブイリ原子力発電事故は、1986年4月26日、ウクライナにあるチェルノブイリ原子発電所で起こった世界で最大の原発事故の1つとして有名です。

現在では無人の街で、野生生物が多く生息する地帯となっていますが、有人であったころの建物などはすべて手つかずのまま放置され、独特な雰囲気となっています。

今回はそのような事故後放置されつづけた現場10件をご紹介しますが、あまり人ごとではないのが余計に恐ろしくも感じます。



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10.文化の城

(image..therichest.com)

皮肉なものですが、この建物は「エネジェティク」と名付けられ、活発的、原発労働者という意味がありました。

今はどう見ても活発的ではありませんが、この文化の城は基本的にはソビエト連邦時代にコミュニティセンターとして利用され、1988年には13万7000人を超える集まりがありました。

チェルノブイリの街の中央に位置し、映画館や図書館、体育館、プール、ボクシングリング、射撃場といった施設がありました。

事故後、たくさんの人が内部にある金品や備品などを求め、窓を割って侵入したためか、ほとんど壊れていない窓はありません。

9.事故後もオープンしていたプール

(image..therichest.com)

誰が被曝の危険を冒してまでプールに泳ぎにくる人がいるでしょうか?

奇妙なことに、事故後、数日間市民のためではなく原発作業員のために10年以上に渡って、営業されていたのです。

この場所には運動場もあったそうで、どちらも今はその面影は、ありませんね。

8.象の足

(image..therichest.com)

これは、チェルノブイリ原子力発電所4号機の下に存在する放射性物質を大量に含む通称「象の足」とよばれる廃棄物ですが、電子機器にも影響するほどの放射量なので写真は不鮮明になってしまいます。

現在2m以上の幅、数百トンもの重さで、溶けた核燃料、コンクリート、土、塗料などが混ざり合っています。

事故後には被曝の危険性について詳細がなかったため、何も知らずに付近で作業していた人たちは体調不良に見舞われました。

この象の足の付近に2分半以上滞在していると、体内の細胞が出血し始め、吐き気や下痢に見舞われます。

もし300秒以上その場にいると2日以内に死んでしまうほどの放射線量がある塊です。



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7.オープン前に閉鎖となった遊園地

(image..therichest.com)

廃墟マニアにとっては人気の高い遊園地ですが、原発事故で廃墟となってしまったプリピャット遊園地はとても高い線量を記録する地域の一つで、とても観光でいける場所ではありません。

実は、事故の起こる数日後にオープンする予定でしたが、正式に日の目を見る前にクローズとなってしまいました。

6.未完成の5号機

(image..therichest.com)

爆発が起きたのは4号機でしたが、286人の建設作業員は隣接する5号機や6号機で事故の朝も変わらず作業をしていました。

建設は一時中止となりましたが事故の数ヶ月後に再開されました。

ロシア政府は建設作業はもう一度中止したほうがいいと主張したものの最終的に中止になるまでに半年以上かかりました。

事故当時、5号機は70%ほど建設が進んでおり、1994年までには6号機も完成する予定でした。

5.4号機の”脳”

(image..therichest.com)

このコントロールルームで、研究者たちは3台のディーゼル発電機をフルスピードで稼働させる実験を行っていました。

しかしその実験の途中に何らかの理由で緊急に電源が落ち、炉は次第に高温になっていきました。

そして数秒後に4号機は爆発、史上最大の人災の一つが発生したのです。



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4.ジュピターファクトリー

(image..therichest.com)

この建物では事故後除染作業の研究の目的で1996年まで利用されました。

それ以前はテープレコーダー生産に関わる通常の工場でしたが、軍とのつながりも噂されていました。

工場としてメインに使われていましたが、居住空間としても利用が進み、ソファやイス、ベッドなどが設置されているそうです。

もちろん、この工場も高い線量を記録しています。

3.パニック映画のようなスーパー

(image..therichest.com)

まるでゾンビ映画にありそうなスーパーマットの写真ですがもちろん映画のワンシーンではなく、街に位置するプリピャットスーパーマットです。

外観はボロボロで、ドアは完璧に壊れています。事故前はソビエト連邦でシャネルの5番の香水が購入できるほどの高級店の一つだったとか。

今では瓦礫しか残っていません。

2.不気味な幼稚園

(image..therichest.com)

当時プリピャットには4980人の子どもたちが15の幼稚園に通っていました。

もともと幼稚園児たちが遊んでいた人形たちは事故後そのままの場所でずっと放置されていたわけではなく、勇気のある訪問者たちが移動させたものが多いそうです。

写真をもっとドラマチックで不気味に撮影ができるそうで、明らかに新しい人形が落ちていることもあり、ちょっとした写真撮影スポットのようになっているそうです。



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1.ガスマスクだらけの中学校

(image..therichest.com)

廃墟となった中学校に大量のガスマスクが放置されている光景は異様です。

冷戦時代に備蓄されたもので、散らかっているのは、ガスマスク内部にある少量の銀を泥棒が盗んで残りのマスクを放置していったからだそうです。

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