昏睡状態から目を覚ました人6選

意識もなく外部からの刺激にも一切反応がみられない状態のことを昏睡状態といいます。

一時的なものならまだいいのですが、数年その状態が続くと、目を覚ますことなく、一生を終えるケース可能性が高くなります。

今回は、そんな酷い昏睡状態から奇跡的に目覚めた6人の物語をご紹介します。



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6.思い出の曲で目を覚ました男性

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(image..listverse.com)

2008年、当時60歳だったサム・カーターは、ひどい貧血が原因で昏睡状態に陥ってしまいました。

病院に運ばれた後も3日間目が覚めず、医師は彼が目覚める可能性は30%もないだろうと家族に告げました。

しかし、彼の奥さんがローリングストーンズの(I Can’t Get No) Satisfactionを流した途端、サムは目を覚ましたのです。

彼は当時を振り返り、あの音楽を聴いたら昏睡状態から抜け出すエネルギーが湧いてきたんだ、と話します。

奥さんがサムのために流した曲は、彼が17歳の時に初めて自分で買ったCDで、サムにとってとても思い入れのある一曲でした。

5.10日で14年間の記憶を失ってしまった女性

(image..listverse.com)

2012年、32歳だったサラ・トムソンは、脳にできた血栓が原因で昏睡状態に陥ってしまいました。

10日後、目を覚ました彼女は、なんと1998年以降の記憶の一切を失ってしまっていたのです。

1998年といえば当時彼女は19歳で、まだ前の恋人と付き合い、長男を生んだばかりでした。

そのため最初は、病室に3人の子供が入ってきても自分の子供だとは分からず、今の旦那さんのことも病院関係者だと思ったといいます。

退院後も彼女の記憶は戻らず、反抗的な態度をとったり奇抜な色に髪を染めたりと、すっかり若者に戻っていました。

その後、ゆっくりと時間をかけて周囲の環境に馴染んだ彼女は、旦那さんとももう一度恋に落ち、元の生活に戻ることができたそうです。

4.母国語を忘れ、外国語を喋るようになった人々

(image..listverse.com)

2012年、オーストラリア人のベン・マクマホンは交通事故により昏睡状態に陥りました。

一週間後、意識を取り戻した彼はなぜか流暢な中国語を喋るようになっており、そのかわり母国語である英語が全く喋れなくなっていたのです。

彼は以前フランス語とマンダリンを勉強していましたが、決して流暢なレベルではなかったそうです。

その事故から2年後の2014年には上海に住むようになり、なんと上海のTV番組でホストも務めるようになりました。

にわかには信じがたい話ではありますが、世界では他にも似たような事例が報告されています。

まだ医学的には解明されていませんが、昏睡状態の後、母国語を忘れて学習したことのある外国語を話すようになるということは稀に起きるようですので、英語勉強中の人は交通事故あいましょう!



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3.カントリーミュージックで植物状態を脱した少年

(image..listverse.com)

2009年、当時17歳だったジャレット・カーランドは友人とのドライブ中に事故に遭い、植物状態に陥りました。

目覚める可能性は非常に低いと言われていましたが、治療の一環で試した音楽療法が劇的な効果を発揮することになります。

他の患者さん達が穏やかで静かな音楽を聞く中、彼の両親が流したカントリーミュージックの定番、チャーリー・ダニエルズの”The Devil Went Down to Georgia”に反応を示したジャレットが、事故から4ヶ月後、ついに目を覚ましたのです。

さらにその6ヶ月後、彼はテネシー州で開かれたリバーベンド音楽祭で恩人チャーリー・ダニエルズとの対面を果たしました。

2.最後に一日だけ家族と会話することができた男性

(image..listverse.com)

1988年、当時33歳でテネシー州の警察官だったゲイリー・ドックリーは、職務中に頭部を銃で撃たれて病院に運ばれました。

そして、脳の20%を切除して銃弾や頭蓋骨の破片を取り除く大手術の結果、命はとりとめたものの、その後7年以上もの間植物状態になってしまいます。

しかし1996年に突然ゲイリーが目を覚ましたのです。

彼は目が覚めてから、よく話しました。

撃たれたことは全く覚えていなかったものの、すっかり成長した2人の息子のこともわかるようでしたし、過去のこともよく覚えているようでした。

しかし、18時間後を過ぎたあたりから彼の口数は減り、車いすの操作しかできなくなってしまいます。

そして残念ながら、目覚めてからわずか1年後、ゲイリーは肺血栓で亡くなってしまいました。

1.20年ぶりに言葉を取り戻した女性

(image..listverse.com)

1984年、18歳だったサラ・スカントリンは、ダンスチームのリーダーを務める、明るくて人気者の女の子でした。

しかしある日、道路を横断していたサラは車に轢かれてしまいました。

その後病院に運ばれて何とか一命はとりとめたものの、ただ息をしているだけの状態で、その後、施設に入って16年もの歳月が流れました。

ある日、パット・リンコンという新しい介護士がやってきました。

パットは何とかサラとコミュニケーションをとろうと、それから4年間毎日サラに話しかけ、サラが何か音を立てられた時には彼女を励まし続けたといいます。

1年が経つ頃にはサラは叫べるようになり、両親が帰ってしまう時やテレビのチャンネルが気に入らない時、叫ぶことで意思表示ができるようになりました。

そして4年後には、事故以来初めての言葉を発します。

サラに読み聞かせをしていた時他の患者さんに呼ばれたパットがサラに「すぐに戻ってくるからね」と話しかけて席を立とうとした瞬間、サラの口から「オッケー」という言葉が出たのです。

その後も訓練を続けたサラは、1ヶ月後には両親に電話をして彼らを驚かせました。

話ができるようになった時サラはすでに40歳になっていましたが、心は19歳の女の子のままでした。

via..listverse.com, Wikipedia

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