自分の発明を後悔した発明家6選

 ノーベル賞を取るような革新的な発明は、生活の質を向上させてくれますが、

 中には意図しなかった使われ方をされることで、最悪の結果を招いた例も存在しています。

 今回はそんな自らの発明を後悔した6人の人々を見ていきましょう!



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1.アルフレッド・ノーベル

 毎年発表されているノーベル賞の元となった「アルフレッド・ノーベル」は、1860年に、大きな岩石を効率よく砕石するために、ニトログリセリンとケイ素を混ぜて「ダイナマイト」を発明しました。

 しかし、このダイナマイトは、徐々に戦争で使われることになり、皮肉にもそのおかげで彼は、巨万の富を得ることになりました。

 いち科学者だった彼は、非常にそのことに苦悩しており、ダイナマイトで得たお金を使って、発明家の名声を守るためにノーベル賞が設立されました。

2.イーサン・ザッカーマン

 いやらしいサイトを見ていると、いきなり広告がでてくることはありませんか?

 パソコンやスマートフォンを使っている人なら、誰しも悩まされるポップアップ広告ですが、実はこのポップアップ広告を開発した人でさえ、この広告に、イライラしているそうです。

 イーサンは、90年代にホームページを運営するweb会社に勤めていた時に、いやらしいサイトに、自動車メーカーのバーナー広告が表示され、自動車側のイメージダウンにつながるというニュースを目にしました。

 そこで、イーサンは、広告をそのページに載せるのではなく、ウィンドウを新たに立ち上げて表示するポップアップ広告を開発しました。

 しかし、広告が表示されるたびに、いちいち消さなくてはならないため、クレームが相次ぎ、後に本人も作るべきではなかったと語っています。

 今では、そんな煩わしいポップアップ広告をブロックする機能がつけられるようになりました。

3.ロバート・オッペンハイマー

 原子爆弾の父と呼ばれるロバート・オッペンハイマーは、元々は、ブラックホールの研究をしていましたが、第二次世界大戦が始まると、ロスアラモス国立研究所の所長を勤め、原子爆弾の開発の指揮をとることになりました。

 爆弾を作り、敵国に使用すれば戦争は集結し、より安全な世界を作れると信じて、研究所のチームは原爆を設計しました。

 しかし、日本への攻撃後の莫大な原爆被害を目の当たりにし、彼らは絶望しました。

 後年では、戦争がいかに人々の感覚を麻痺させるのか、兵器を利用することの恐ろしさを語っています。



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4.ミハイル・カラシニコフ

 ミハイル・カラシニコフは、史上最も普及した自動小銃のAK-47を開発した ロシアの銃器設計者です。

 AK-47は、扱いが多少乱暴でも壊れることなく、動作するのが特徴で、ロシア軍などで制式採用されました。

 しかし、その威力の高さや耐久性の高さ、コストの安さなどから、世界中のギャングなどにも使用され、様々な粗悪なコピーが大量に流通しました。

 2013年12月23日に亡くなったカラシニコフの手紙には、自らの開発した小銃で多数の人命が奪われたことについて、「心の痛みは耐え難い」と綴られています。

5.ドン・グエン

(image..jp.techcrunch.com)

 ドン・グエンは、ベトナム人のゲーム開発者で、スマートフォンゲーム「Flappy Bird」の開発者として有名です。

 このゲームは数年前に、若者の間で人気になり、最盛期には1日約500万円もの利益を上げるゲームになりました。

 このゲームの成功で、グエンは成功者として有名になりましたが、ゲームの中毒性の高さから、ハマりすぎてしまう若者が急増しました。

 そんな状態に心を痛めたグエンは、不眠症になり、そしてある日、自らこのアプリをストアから削除してしまいました。



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6.ティム・バーナーズ=リー

 ティム・バーナーズ=リーは、イギリスの計算機科学者で、ロバート・カイリューとともにWorld Wide Web(WWW)を考案した人物で、URL、HTTP、HTML の最初の設計を行いました。

 彼はURLを考える際に、「http:」のあとに、「区切り」を意味するスラッシュを2本つけることにしました。

 しかし、後日、「//(ダブルスラッシュ)」は余分なものだったと述べており、このダブルスラッシュを打ち込む人間の労力に加え、紙に打ち出された際にその分だけ木や紙が無駄に消費されていることを嘆いています。

 現在ではインターネットを閲覧するウェブブラウザでは”http://”が自動で挿入されるため、意識する事は少なくなっています。(紙に書く場合は別)

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