宇宙犬ライカについての悲しい事実10選

ライカは、ソビエト連邦の宇宙飛行の実験で、スプートニク2号に乗せられて、地球軌道を周回した最初の犬です。

ライカにとっては自身の置かれている環境もわからないまま、奇想天外な宇宙への旅立ちによって、その生を終えました。

今回は、そんなライカの悲しい事実をご紹介します。



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10.元々は野良犬だった

(image..wikipedia.org)

当時、宇宙開発のライバルであるアメリカは、すでに宇宙に猿を送る実験をしていました。

ソビエト側としては、猿よりも犬の方が扱いやすく、野良犬のような過酷な生存環境と、タフネスさがあれば、宇宙の厳しい環境にも耐えうるのではないかと考えました。

そこで、野良犬の捕獲チームを作り、モスクワの道を歩いていたライカが保護されたのです。

9.生きて帰ってくることはないと分かっていた

(image..wikipedia.org)

ライカが生きて帰ってくるための衛星などの設備は当時整っておらず、最初から片道切符であったことがわかっています。

そのため、ロケットに積まれていた食料は、10日間ほどで、安楽死させることができる薬入りの餌だったのです。

この状況に愛犬家が多いイギリスでは抗議活動などが起こりました。

8.ロケット製造は突貫工事だった

(image..wikipedia.org)

ライカの死は避けることができたはずでした。

当初の予定では、ライカは地球に戻ってくる計画でしたが、当時のソビエト最高指導者「フルチショフ」は、このライカの宇宙進出を「宣伝」に利用するために、ロケットであるスプートニク2号をボリシェビキ革命の40周年に無理やり間に合わせるよう指示しました。

そのためロケットの製造のための時間は、わずか4週間しかなく、ライカの帰還までを考慮した機体を用意することはできなくなってしまったのです。



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7.とても狭いケージで過ごした

(image..time.com)

ライカの乗ったスプートニク2号は、洗濯機より少し大きい程度で、中では寝返りもうてない程狭かったそうです。

この状況に慣れるために事前の訓練ではもっと狭いケージで過ごしていました。

狭い場所で過ごし続けた犬は便秘になり便秘薬を投与しても効果がなかったそうです。

6.出発前に研究者の家で子どもと触れ合った

(image..mentallandscape.com)

出発の前に、研究者であるヤツドフスキー氏はライカを家に連れて帰り、自身の子どもたちと遊ばせました。

最後にせめて良い経験をさせてあげたい、という思いからでした。

生きて帰ることは無いと分かっていながらも、研究員たちはライカの良い旅を願っていました。

5.ライカは怯えていた

(image..Getty Images)

機体が地球を離れ、宇宙に向かっている状態で、その爆音のために、ライカはパニックになっていました。

彼女の心拍数は、通常の3倍の早さを記録していました。

無重力状態に突入すると、なんとか落ち着きを取り戻しましたが、それでもライカの心拍数は、地球にいた頃よりもずっと高かったのだそうです。



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4.ライカの死は悲惨だった

(image..listverse.com)

実験から1年後、ソビエトはライカは宇宙に出て1日目を生き延び、その後は薬入りの餌で安楽死した、と報告しました。

しかし2002年、チームの一員であった「マラシェンコフ氏」がライカは出発から7時間以内に死亡していたと発表したのです。

話によると、シャトルの温度調整装置に不備があり、気温は40度を上回っていた上に、無重力状態によるストレスで亡くなった可能性があるということです。

3.燃え尽きて地球に帰還した

(image..listverse.com)

5ヶ月後に、ライカの棺と化した機体は地球に落ちてきました。

白い光が空から落ちてきて、最後には赤く燃え部品がバラバラに落ちていった様子がアメリカではUFOとして観測されたそうですが、そのUFOはライカの乗っていたスプートニク2号で、彼女の遺体は地球に到着する前に燃え尽きてしまいました。

2.他の宇宙犬もすぐに死亡した

(image..spaceanswers.com)

ライカの実験後に、宇宙へ飛ぶこととなった宇宙犬、ムシュカは地球への帰還が可能な機体に乗っていましたが、結局は、スピードコントロールの制御が不可能になってしまい、地球への墜落と共に機体諸共ムシュカは、粉々になりました。



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1.ライカの実験はあまり成果がなかった

(image..listverse.com)

研究員の一員であるガゼンコフ氏はのちに、「時間が経つにつれライカの事をとても残念に思うし、実験をやるべきではなかった」「ライカの死に意味はなかった」と語っています。

彼女の宇宙進出は生物が宇宙空間で生存できるという証明になり、ソビエトがそれを最初に行ったという事に意義がありました。

しかし4年後には、ガガーリンが初の宇宙有人飛行に成功し、無事に地球に帰還しています。

ライカのおかげで、宇宙開発は進みましたが、実験自体の成果は、あまりなかったのです。

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