廃墟と化したオリンピック跡地8選

オリンピックといえば世界中の注目を集める大イベントなだけに、その開催国は数兆円にものぼる予算を投じ、国の威信をかけて、インフラ整備や最新鋭の施設建設に力を注ぎます。

しかし、それだけ予算と力を注いだにもかかわらず、オリンピック以降放置されて廃墟となってしまった施設が世界には数多く存在しているのです。

今回は“これがオリンピック施設なの?!”と驚かずにはいられない、8箇所のオリンピック開催地をご紹介します。

できれば東京五輪では、せっかく建てた施設のこんな悲しい末路は見たくないですよね。



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8.オリンピック村(アテネ/2004年夏)

かつてオリンピック発祥の地として名を馳せたギリシャも、2度目のアテネ五輪(2004年)から10年がたった今では、経済破綻国としてのイメージの方が定着してしまいました。

荒れ果てた競技場は、今のギリシャの経済危機を象徴しているかのようです。

7.ボブスレートラック(サラエボ/1984年冬)

サラエボ五輪で使用されたボブスレー会場は、1992年に勃発したボスニア・ヘルツェゴビナ紛争時に軍需品製造のため金属部分が溶かされたり、砲台として使われたりした結果、見るも無残な姿になってしまいました。

平和の祭典で知られるオリンピックで使用された施設が後に戦争に使われてしまうのは、なんとも哀しいですよね。

6.BMXコース(北京/2008年夏)

開催からわずか10年足らずで、北京五輪の会場は見る影もなく荒れ果ててしまいました。

今ではサイクリングのコースやカヤック場、野球スタジアムなど多くの競技場が忘れ去られ、ただそこにあるだけの状態です。

オリンピックに向けてオープン予定だったショッピングセンターは建設が間に合わず、完成することもないまま廃墟になってしまいました。



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5.スキージャンプ台(コルチナ・ダンペッツォ/1956年冬)

イタリアで開催されたコルチナ・ダンペッツォ五輪では、暖冬により雪不足に陥り、会場まで何十トンもの雪を運搬する羽目になりました。

そんな苦境を乗り越えた会場施設ですが、今では使う人もおらず荒廃が進んでおり、オリンピックとワールドカップという二大大会を支えたこのスキージャンプ台も、今ではひっそりと朽ちていっています。

4.オリンピック村(ベルリン/1936年夏)

今から80年も前に行われたベルリン五輪の会場であれば、すでに廃れてしまっていても当然かもしれませんね。

1936年にヒトラーによって開催されたこのオリンピックは、直後に戦争が勃発したためすぐに、会場やスタジアムも置き去りになってしまいました。

屋内プール練習場など、オリンピック村の施設は今やほとんどが完全な廃墟となっています。

3.カヤックコース(北京/2008年夏)

世界中から何千人もの観客を迎える競技場は、最先端の技術とデザインを駆使して建設されますが、オリンピックが閉会し人々の興味が移ってしまった後、その多くが廃墟化しているのが現実です。

特にその国での競技人口が少ない競技場は、どうしても維持するのが難しいのかもしれません。

例えば北京五輪で活躍したカヤックコースにも、このように悲しい運命が待ち受けていました。



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2.バレーボールスタジアム(北京/2008年夏)

総予算4兆円とも言われる北京オリンピックはまさに豪華な仕上がりで、開会式一つとってもカウントダウンの花火や無数のLEDライト、数多くのパフォーマーなどで私たちを楽しませてくれました。

しかし現在、残念なことに北京はアテネやアトランタと同じ運命をたどり、オリンピック施設のほとんどが完全な廃墟となってしまっています。



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1.競泳プール(リオ/2016年夏)

南米大陸初の開催であることや競技場の建設遅れなどで大きな話題となったリオ五輪は、まだ記憶に新しいですよね。

しかしなんと驚くべきことに、リオ五輪で使用されたいくつかの競技場がすでに廃墟化してしまっているというのです。

何年もかけて開会直前にようやく完成した競技場が、1年も経たずしてここまで荒れ果ててしまったなんて、悲しくなりますね。

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