命の危機から生き延びた人々8選

「もしもビルから落ちたら…」「もしも野生動物に攻撃されたら…」

きっと、誰でもこんな想像を一度はしたことがあるのではないでしょうか?

今回は、想像しただけでゾッとするような危険な体験を生き延びた8人のエピソードをご紹介します。このような恐ろしい出来事が自分の身に起こらないことを祈るばかりです…。



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8.クマに生き埋めにされた女性

(image..therichest.com)

 ある日、シベリアに住むナタリア・パスターナクさん(55)は、蜜を採取しに、友人と2人で森を歩いていたところ、その途中でクマに襲われてしまいました。

 この時、友人とナタリアさんは、別々の方向に逃げたのですが、ナタリアさんの方にクマが攻撃を仕掛け、彼女は気を失ってしまい、目を覚ますと、なんと地面の下に埋められていたのです。

 実は、一部のクマには捕獲した獲物を新鮮に保つために地中に埋める習性があるため、生きた状態で埋められていたのです。

 その後、友人の通報によって駆けつけた猟師がクマを射殺し、ナタリアさんは、地中から奇跡の生還を果たしました。

7.エレベーターに41時間も閉じ込められた男性

(image..therichest.com)

※衝撃的な内容なので、注意してください。

 もしエレベーターが急に動かなくなったら…と思うとゾッとしますよね。最近のエレベーターには非常用ボタンがあるので、もし止まってもすぐに助けを呼ぶことができます。

 ニューヨークの高層ビルで働いていたニコラス・ホワイトさんは、39階にある職場に向かう途中で、エレベーターが停止し、41時間もエレベーターの中に閉じ込められてしまいました。

 彼はこの狭い空間で、精神的なストレスにさらされ、エレベーター内で排便も行い、脱水症状と戦い続けながら、なんども監視カメラに向かってSOSを送り続けました。

 そして、41時間後、ギリギリのところで彼は助け出されました。

6.約144メートルの高さから落下した男性

(image..therichest.com)

 10年前、ビルの窓ガラス清掃の仕事をしていた兄アルシデス・モレノさんと弟のエドガーさんは、ニューヨークのソロー・タワーの最上階(47階)を清掃中に、足場を支えていたケーブルが切れて落下してしまいました。

 弟のエドガーさんは、落下中に壁に衝突し即死しましたが、一方で、兄のアルシデスさんは、約570kgのアルミニウム製つり台にしがみつきながら、落下したおかげで、空気抵抗によって、落下のスピードを和らげ、まるでサーフボードのような役割を果たして、瓦礫の山に着地し、一命を取り留めました。

 彼は、背骨、胸、腹、脳、足、腕、肋骨など全身にケガを追いながらも、救助隊が駆けつけた時には、上体を起こしていたといいます。

5.大西洋の海底で3日間生き延びた男性

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 ある日、11人の船員が乗るジャクソン4号が転覆してしまいました。シェフとして船で働いていたハリソン・オジェグバ・オケネさんは、船が海底30mに沈み、多くの船員が溺れていく中、たまたま沈没した船の地下にできた1.5平方メートルの空間にいました。

 そしてその場所で奇跡的に3日間も生き延びたのです。

 3日後、救助隊によって船が発見、捜索されるとダイバーたちは、オケネさんが生きていたことに非常に驚きました。大きな魚やサメが他の乗組員の遺体を食べる音を聞きながら、彼は72時間も妻の元へ帰れるように祈り続けていたそうです。



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4.巨大な雪崩に巻き込まれた男性

(image..therichest.com)

 2003年、カナダ人男性のウィル・ジョンソンさんは、17人の登山グループで登山中に、幅800メートル、時速150キロメートルの雪崩に巻き込まれてしまいました。ジョンソンさんは、石のように硬い雪に覆われ、身動きすることができず、そのまま意識を失ってしまいました。

 雪崩をまぬがれた登山ガイドの2人は、すぐに救助隊を呼び、二人で救助活動を始め、なんとかジョンソンさんは救われましたが、残念ながらこの事故で、7人の学生が命を落としました。大きなショックを受けたジョンソンさんは、この日のことを忘れずに胸に刻み込んでいます。

3.サメの攻撃から生還した女性サーファー

(image..therichest.com)

 2003年、13歳のべサニー・ハミルトンさんはカウアイ島の海岸でサーフィン中に4メートルのイタチザメに襲われ、左腕を肩の下から食いちぎられてしまいました。

 親友のアラナ、弟、父親に付き添われ、ハミルトンさんは浜辺で救命措置を受けました。この時点で彼女はすでに60%もの血液を失っており、循環血液量減少性ショックに陥っていました。その後7日間の入院で、体力を回復させると1ヶ月も経たずに再びサーフィンを始めたのです。

 事故の後も、様々なサーフィンの大会に出場し、活躍すると2007年にプロサーファーとなり、2014年には、「パイプライン・ウイメンズ・プロ2014」という大会で優勝を果たしました。



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2.18年間も誘拐されていた女性

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 1991年6月10日、当時11歳だったジェイシー・リー・デュガードさんは、家の近くのスクールバスのバス停にいる所を、一台の車から出てきた男二人に力ずくで車の中に押し込まれて、誘拐されてしまいました。

 その後、彼女の行方は、18年間もの間わからず、亡くなってしまったのではないかと考えられていました。

 それから18年後の2009年、過去に暴力事件を起こしていたフィリップ・クレイグ・ガリドーという、男が仮釈放中に、大学のキャンパス内を2人の女の子と手を繋いで歩いているのを不審に思った警察は、彼を取り調べると、彼がジェイシーさんの誘拐犯であることがわかったのです。

 ジェイシーさんは、18年間もの間、汚い小屋の中に監禁されており、驚くべきことに、ガリードが手を繋いでいた11歳と15歳の女の子たちは、彼とジェイシーさんの間にできた子供だったのです。

 2011年、ガリードは誘拐事件の犯人として、懲役431年の判決が下されました。



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1.無人島に置き去りにされた男性

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 1704年10月、スコットランドの水夫だったアレキサンダー・セルカークは、航海中に食料と水を補給するためファン・フェルナンデス諸島の無人島に停泊し、ここでセルカークは船(シンク・ポーツ号)の耐久性に疑問を抱き、船員仲間数名に、島に残ることを提案しました。しかし誰1人としてセルカークに賛同するものはおらず、船長は、セルカークの希望通り、セルカーク1人だけを島に残すことにしました。

 彼には、銃、大工道具、ナイフ、聖書、それに衣服を与えられ、船は、無人島を後にしました。

 セルカーク氏は、その後、助の船を求めて毎日海を眺めたが、深い孤独感や憂鬱、そして後悔の念に苛まれるばかりでしたが、カブ、キャベツ、胡椒の実、ヤギを食べて、4年間も生き延び、、1709年2月2日に、別の船に救助されました。

 ちなみに、シンク・ポーツ号はセルカークが危惧した通り、島を離れた後日、多くの乗組員とともに沈んでしまったそうです。

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