学校では教えてくれない奇妙な歴史5選 パート2

 学校では、歴史上の人物の武勇伝や、素晴らしいお話ばかりを勉強しますが、世界には、学校では教えてくれない闇の歴史も存在しています。

 今回は、そんな学校では教えてくれない奇妙な歴史を5つ見ていきましょう!



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1.子供郵送サービス

(image..www.iwm.org.uk)

 現代では考えられませんが、1913年から1920年にかけて、アメリカでは体重が22キロ以下の子供を郵便で送ることができました。

 お金に困った両親が、親戚や、祖父母に向けて、子供を郵送するといった使い方が一般的で、値段は一人15セント(当時の金額で16円)程度でした。

 お金を支払うと、切手を子供の服に貼り、郵便局員に行先を伝えます。そのあと、子供たちに、最終目的地が書かれた送付書を持たせて、決められた汽車に乗せられていました。

 これはトラウマになりそうですね・・。

2.起こし屋

(image..www.goodreads.com)

 目覚まし時計が普及していなかった1770年代から1920年代まで、イギリス・アイルランドでは「起こし屋」と呼ばれる職業が存在していました。

 彼らの仕事は、早朝に、依頼者の家の窓を棒で叩いて回るというもので、パン屋や汽車の車掌といった朝の早い職業の人々が利用していました。

 起こし屋の中でも、特に人気だったのがメアリー・スミスという女性で、彼女のやり方は、ゴムチューブに入れた固い豆を吹き矢のように窓に当てて、その音で起こすというユニークなものでした。

 ちなみに、起こし屋は、依頼主が起きたと確認できるまで、その場で窓を叩き続けるという、スヌーズ機能的な要素もあったそうです。

 目覚まし時計が当たり前になった今だからこそ、起こし屋という仕事があったら面白そうですよね。

3.コカイン治療

 1880年代から20世紀まで、コカインは有害で危険なものではなく、歯痛止めや、精神安定剤として処方箋なしで買うことができました。

 当時は、依存性がないと考えられていたため、気軽に投与されていましたが、その結果、多くの依存症患者を生み出すことになりました。その風潮は、他の商品にも表れています。

 例えば、発売当初のコカコーラには、9ミリグラムのコカインが含まれており、翼が生えるどころではないほどのエネルギーを体感できる最強のエナジードリンクでした。

 おそらく、誰もがコーラに夢中になったことでしょう。

 ちなみにコカインの中毒性が記録され、1903年には、コカコーラからコカインは取り除かれました。



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4.人間動物園

(image..www.excite.co.jp)

 少し気持ちの悪いお話ですが、1810年から1958年にかけて人間動物園という、未開の地で暮らす民族を連行して、見世物として展示するという文化がありました。

 民族の伝統的な居住空間を会場に作り、そこで人々を生活させて、その生態を見学するといったもので、檻ではなく、軽い柵で覆われていました。場所によっては、通訳を通して、会話をすることもできたそうです。

 1958年にベルギーで催かれた「人間動物園」には、アフリカ人少女「ジャッキー」が写っています。

 観客が猿に餌を与えるように、柵の中のジャッキーに食べ物を手渡しており、このショッキングな写真が話題になるとこの展示を最後に、人間動物園が行われることはなくなりました。

5.ピラミッド

(image..universeinsideyou.net)

 ピラミッドは、決して強制労働ではなく、労働者は、むしろ報酬のパンとビール、にんにく、大根を食べるために、喜んでピラミッドを作っていたことは前にも言いましたね。

 しかし、他にもピラミッドには驚くべき事実があります。

 まず、過酷な砂漠の真ん中にあるにも関わらず、ピラミッド内部の温度は、人類にとって最も快適な約20℃に保たれているのです。

 また、造られた当初のピラミッドの色は、今のような地味な色ではなく、もっと光り輝いていました。

ピラミッドの外壁を成す石はすべて磨きあげられた石灰岩でつくられ、造られた当初、赤と、白の2色の石の化粧版で飾られていたのです。

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